エッセイ一覧


ジプシー  ― 音楽と日常の風景について書き綴りました。

ナガハマ山王音楽はどこで聴くのが最も美しい音色を奏でるものだろうか、と思うことがある。

ジュネーブに行ったことがあった。初夏である。旧市街地の古い広場で、人通りの中で二人の兄妹、十二歳くらいの青い目の兄と十歳くらいの黒い髪の妹がヴァイオリンを弾いていた。二人が兄妹だと思ったのは、こっちの勝手な推測だ。夕方で、陽は落ちようとしていた。広場には、ほこりっぽい風が吹いていた。二人はモーツァルトのト短調のシンフォニーの第一楽章の主旋律を弾いた。着ている物はボロといってもよく、観客から集めた金を入れるための缶が、二人の前に置いてあった。僕は、二人はジプシーに違いないと勝手に思った。ヴァイオリンは決して上手ではなかったが、哀愁のこもったモーツァルトのこの曲は、いよいよ怪しく、美しく、悲しい曲に聞こえた。おそらく劇場で聞いても、このような旋律が僕の心の中で奏でられることはなかったであろう。

僕は弁護士をしていた。しかし、そのころ仕事が行き詰まっていて、何もかも投げ出してしまいたいと思っていた。僕は疲れていた。僕は、日本を出てアムステルダムに向い、ハンガリーに向った。ブダペストに、顧問をしていた企業があった。そこに三日ほどいて、その帰りにジュネーブに立ち寄ったのだった。

僕は一人で一日中市内をほっつき歩いて、夕方、広場のカフェでビールを飲んだ。

秋田市の旧NHKの裏にあるナガハマコーヒー店に行くことがある。ここの経営者の長濱氏は、ヨーロッパのオープンカフェ文化を秋田市にも取り入れようと考えた人だ。秋田のように冬が寒く厳しい土地に、大きな開口部の窓と、蛇腹のドアーのある喫茶店を作るというのは、ある意味では気違いじみていた。この二代目社長が、この喫茶店を作るときに、先代がどう言ったかは知らないが、多分反対したはずだ。

僕はこの喫茶店に毎日朝早く行き、コーヒーを飲んで、ぼんやりする。店にはいつもモーツァルトがかかっていて、今も「フルートとハープのための協奏曲」が鳴っている。

僕は窓際の席に座って、旧NHKの横の大きな木が色づき、やがて紅葉し、落葉し、そして雪が降り始める様を、一年間を通して見てきた。

そんな時、時々、ジプシーが演奏していた悲しそうなモーツアルトのト短調の曲を思い出す。僕は、音楽というのはいつも聞く側の心が鳴らすのであって、演奏家の演奏ではないと思っている。ナガハマの中で流れているモーツァルトは透明で、いよいよ悲しく、美しく、極限の美を奏でている。

暑く長かった夏ももう終わりだ。あれだけうるさく鳴いていたセミの声も鳴き止んでいた。

作成日:平成23年1月14日